鉛 (Pb) の地球化学的概要

現在 43 の鉛 (Pb) 同位体が知られています。そのうち5つの核種が地球化学的な調査によく用いられます (Figure 1)。鉛は4つの安定同位体 : 204Pb, 206Pb, 207Pb, 208Pb が存在し、後者3つは崩壊系列の最後の核種です。 206Pbはウラン系列の最後、 207Pb はアクチニウム系列の最後、 208Pbはトリウム系列の最後です。 210Pb は半減期22.6年の天然に存在する同位体で、比較的若い堆積物の年代測定に頻繁に用いられます。

Pb isotopes

地球化学研究で一般的に用いられる5つの鉛同位体

ウラン系列の鉛同位体比は存在するウランとトリウムの関数です。地球化学的プロセスがウランとトリウムの存在量に影響するので、 鉛同位体はそれらプロセスの特性、タイミングを解明するための有用なツールです 地質学の物質における鉛同位体の組成は三つの独立した放射系列の関数であるので、鉱物の同位体の変動性には多くの可能性があります。

鉛同位体分析が可能な試料の種類: 骨、 火成岩、 海洋堆積物、湖沼堆積物、 金属加工品/コイン、ミネラルダスト、 土壌、 歯エナメル質、 水
さらに詳しく: 鉛同位体分析のための 試料の種類と選択

固体地球科学 / 岩石学

鉛同位体比は、年代測定や火成岩、変成岩、熱水性の岩石などの成因の追跡に用いることができる可能性があります。 ウランとトリウムおよびその娘核種の化学的動向には多様性があるため、様々な地質学的プロセスが広範囲で多岐にわたる同位体分別を導き出します。その結果、特有のパターンにより分類することによって岩石がたどってきた経歴を明かすことが可能です。例えば、火山岩と貫入岩の鉛同位体組成により、異なるテクトニック環境に起源を有する多様なマグマの起源を追跡することが可能です。

Lead isotopes sediments

太平洋の堆積物とマリアナアクティブアーク溶岩の鉛同位体比, after Woodhead and Fraser, 1985.

地球化学的フィンガープリント: ダスト & 考古学

異なる岩相(およびその上部の土壌)は特有の鉛同位体パターンを持つため、ある地域の表層と鉛同位体比のデータを関連づけることができます。異なる岩石は特有の親/娘核種比を示すので、そのデータは風化、浸食した物質、つまりダストの起源研究によく用いられます。例えば、ダストはその起源により異なる特有の鉛同位体比を持つので、その空間的移動を発生源の地域までさかのぼって追跡することが可能です。 

Lead isotopes dust

バルバドスで採集されたダストとアフリカの地域のダストのPb 同位体比の比較, modified after Bozlaker et al., 2018.

地球化学的フィンガープリントは考古学の分野においても適用が可能です。 考古学における金属の研究では初期の段階から金属加工品に用いられた金属の産地を特定することが重要な目標の一つでした。それにより貿易、通商関係、物品の移動の変遷を解明することにもつながります。加工品の鉛同位体比は産地における鉛同位体比を保持するので、加工品に用いられた鉛が採掘された場所を特定することが可能です。

汚染起源の追跡

鉛は非必須の有毒な金属でありその生物地球化学的循環は人間活動に大きな影響を受けてきました。
鉛は、その生産段階(採鉱と製錬を含む)、利用(バッテリー、顔料、セラミックス、プラスチック)、リサイクル、鉛化合物の廃棄、化石燃料の燃焼(石炭、過去の鉛入りガソリン)、肥料の使用、下水汚泥の利用など様々な経路から環境に入ります。その結果、異なる鉛同位体を分析し、同位体比と人間活動の関係を紐づけることにより、人為的インパクトを経時的に解明することが可能です。
近年では汚染の起源(天然 vs.人為起源)を追跡し、環境中の残留性評価のために鉛同位体比が注目を集めています。例えば、ガソリンの鉛同位体は、産出地、ガソリンの組成の時代による変化の分析が可能です。

Lead isotopic signature gasoline

異なる大陸で産出されたガソリンのPb同位体比 (左図, after Larsen et al., 2012) およびアメリカのガソリンのPb同位体比の年代による変化 (右図, after Dunlap et al., 2008)

法医学研究

殺人事件において実行者を特定するための物理的な証拠が得られない場合が多くあります。異なるメーカーの銃弾が特有の鉛同位体比を持っていることがあるため銃弾の小片の鉛同位体分析が犯人の特定につながる可能性があります。これは弾道試験で完全な銃弾が得られない場合に可能です。

さらに詳しく: 法医学的地理学における同位体分析.

Isobar lead isotope analysis

銃弾のPb 同位体比の違い (after Sjåstad et al., 2016).


References

Bozlaker, A., Prospero, J.M., Price, J. and Chellam, S., (2018). Linking Barbados mineral dust aerosols to North African sources using elemental composition and radiogenic Sr, Nd, and Pb isotope signatures. Journal of Geophysical Research: Atmospheres, 123(2), pp.1384-1400. DOI: 10.1002/2017JD027505

Dunlap, C.E., Alpers, C.N., Bouse, R., Taylor, H.E., Unruh, D.M. and Flegal, A.R., (2008). The persistence of lead from past gasoline emissions and mining drainage in a large riparian system: Evidence from lead isotopes in the Sacramento River, California. Geochimica et Cosmochimica Acta, 72(24), pp.5935-5948. DOI: 10.1016/j.gca.2008.10.006

Larsen, M.M., Blusztajn, J.S., Andersen, O. and Dahllöf, I., (2012). Lead isotopes in marine surface sediments reveal historical use of leaded fuel. Journal of Environmental Monitoring, 14(11), pp.2893-2901. DOI: 10.1039/c2em30579h

Sjåstad, K.E., Lucy, D. and Andersen, T., (2016). Lead isotope ratios for bullets, forensic evaluation in a Bayesian paradigm. Talanta, 146, pp.62-70. DOI: 10.1016/j.talanta.2015.07.070

Woodhead, J.D. and Fraser, D.G., (1985). Pb, Sr and 10Be isotopic studies of volcanic rocks from the Northern Mariana Islands. Implications for magma genesis and crustal recycling in the Western Pacific. Geochimica et Cosmochimica Acta, 49(9), pp.1925-1930. DOI: 10.1016/0016-7037(85)90087-0